「地方議会はいらない(税金の無駄遣い)」という住民の声が正しいのか検証してみた!

地方議員選挙は廃止すべきでは!?政治改革

私は地方議員選挙にも投票には行きますが、その時も基本的に無記名投票をしています。

地方議員の政務調査費の不正受給問題のTV報道。

カラ出張で政務調査費をだまし取って詐欺罪に問われた元兵庫県議のニュースのごとく、地方議会制度は彼ら地方議員の懐を不当に肥やすのが現状です。

地方議員(議会)は果たして必要なのか?地方議員の存在意義を検証していきたいと思います。

有権者の政治意識が育たないことが地方議会を腐敗させた!?

まず前提として、有権者の政治無関心が地方議会を腐敗させている現状も理解する必要があるでしょう。

私は、大学時代に公民館を政治の勉強会に使用した事で、公民館職員に利用を断わられたことがありました。

地方自治法244条2項は、「地方公共団体の公の施設での集会については正当な理由のない限り、これを拒むことを許されない」というのがあります。

最高裁においても集会などの許可を拒むことが出来るのは、集会の自由の重要性よりも集会により人の生命・身体・財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避・防止する必要性が優越する場合のみです。

その危険性は明らかに差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると判示しています。

もちろん私たちの勉強会はそんなこと決してありません。

しかし、対応した公民館職員(50代男性)は「学生が公の施設でこんなこと(政治の勉強・集会)などされては困る。大学でもそうだが、どこ行ってもそんなの迷惑に決まっている」との一点張りで、結局は追い出されてしまいました。

その後県庁に問い合わせると、謝罪のメールが届き、別に使用しても構いませんとのことでした。この県庁の職員はもちろん地方自治法244条2項を熟知していたのだと思います。

大学生が政治に携わるとろくなことはないという見方は今も根強く残っていますし、これからもそうでしょう。大学の時に政治に対して勉強をさせない。

それが政治無関心を作り、何のために存在するのか分からない地方議員をいまだに野放し、、、にしているという状況が放置されているのかもしれません。

地方議員が活躍できる法システムは存在するのか?

憲法第94条と条例制定権の仕組み

地方議員の質の低さはともかく、彼らが法的に活躍できるシステムとなっているのでしょうか?

日本国憲法第94条は地方自治体に条例制定権を与えています。最高裁判例においても、その範囲は当該地方公共団体が処理できる事務に限られていますが、たとえ住民の基本権においても法律の授権・委任を必要とせず、その人権を制約できるとされています。

例えば地方自治法第14条3項においては、条例違反をしたものを2年以下の懲役もしくは禁錮、百万円以下の罰金、拘留などに処することが出来るとされています。

しかし、憲法第94条には「法律の範囲内」で条例制定が出来るとされ、それは地方自治法第14条1項において「法令に違反しない限りにおいて」と具体化されております。

よって、現行法上その処理できる事務について法律や命令の範囲内で条例を制定できるということになります。

中央政府とのチェック・アンド・バランスとなる地方政府の価値

国(中央政府)の決めたことに従うだけで、地元の問題に対しても主体的に取り組めないのであれば地方議員は不要です。ですが、国の決めたこと=法令というわけではありません。

生活保護法第1条は「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮に応じ、必要な保護を行い」とありますが、現状、在日外国人にも適用を拡張しています。

その拡大解釈の根拠は行政通達にあります。具体的には昭和54.5.8付の各都道府県知事宛厚生省社会局長通知というものです。

これに対して地方に住む人たちから是正すべきだという声が上がっています。

その地方の人たちを代表する地方議員らはこの問題を是正できるのでしょうか。自治体の力で行政通達を撤回していくみちはあるのでしょうか。

もし撤回する能力/意思がないのであれば、地方議員など不要という事です。地方に政府が存在するのは、中央への権限の集中体制を改めさせると同時に、権力分立体制による均衡/監視という機能をもたせようというのが理念としてあります。

また一方で、各地域に住む有権者の声をより具体的に汲みあげることが出来ない、地元の問題に対して主体性をもって取り組むことが出来ないのであれば、地方議員など要らないでしょう。

「それは国が決めることですから。我々地方議員では何も出来ないんですよ」ということであれば、国会議員のみ存在すればよいということになります。

つまり地方議員が活躍できる法システムとなっているのか、という問題提起です。

1999年地方自治法大改正により地方議員の裁量が増えた?国の発言権はあいかわらず大きな壁??

行政通達が法律か否かという問題に対し、まず1999年地方自治法の大改正を解説します。

改正前は機関委任事務というのがありました。地方のやっていることは、もともと国の事務であるという建前のもとに、国が施行細目を通達などで決め、地方の裁量をほとんど認めない形で運用されていたのです。

改正によりその機関委任事務が廃止され、従来の機関委任事務は自治事務と法定受託事務のいずれかに振り替えられたのです。

すなわち、国の事務であるがその執行が法律により自治体に委託されるもの(法定受託事務)、自治体の事務であるが法律の規制を受けるもの(法定自治事務)、自治体が任意に行いうる事務(随意自治事務)という現在の分類が出来上がりました。

ですが、今でも国は地方に対して発言権があります。

地方自治法第245条は①助言又は勧告②資料提出の要求③是正要求④同意⑤許可、認可又は承認⑥指示⑦代執行⑧協議を挙げ、これらの関与を行うには法律(又はこれに基づく政令)による根拠が必要とされます。

これを関与の法定主義原則(245条の2)といい、かつその関与は「必要最小限度のもの」とし、自治体の「自主性及び自立性に配慮」することを要求しています(245条の3)。

地方議員が国の法令と戦える4つの方法|地方自治法第250条他

次にその関与に対して地方自治体はどう抵抗できるのかという問題です。

地方自治法では、その関与に不服がある場合は、国地方係争処理委員会に勧告を出すことができ(250条の13)、それにより国の関与が正当なものと認められた場合、それでも不服の場合には高等裁判所に国の行政庁を被告とし違法な国の関与をの取り消しを訴えることが出来るとされています(251条の5)。これが一つ目のやり方です。

在日外国人への生活保護を取り上げると、これは機関委任事務時代に出された行政通達に基づいて在日への支給が行われています。

まずその通達の現在の法的位置づけは自治法245条に定められている国の自治体への関与であり、より細かく言うと245条の⑥指示にあたるのか。この点は明確ではありません。

もしそうであれば、自治体の長その他の執行機関は厚労省を相手方に、国地方係争処理委員会に審査の申し出を行えるという事です。

二つ目の方法としては、全国的連合組織の届出・意見の申出(263条の3)があります。これは地方自治体の長、議長同士の連帯組織です。

地方自治に影響を及ぼす法律又は政令その他の事項に関し、内閣又は国会に意見書を提出できるという方法です。263条の3第4項に「内閣は、当該意見が地方公共団体に対し新たに事務又は負担を義務付けると認められる国の施策に関するものであるときは、これに遅滞なく回答する」と定められています。国に明確な回答義務を求めています。

三つ目の方法は、条例で在日外国人への生活保護支給を不可とするものです。

法定受託事務(生活保護支給)でも法律の範囲内で条例を制定しうるのであり(14条第1項)、条例の性質は法執行のための命令ではなく、法律に根拠を必要としない自主的立法であり、自治体の事務に関する限り法律と同位です。

憲法第94条の「法律の範囲内」とは合憲的な法律が存在する限り条例はそれに反してはならないというだけであり、法律先占論(法律が既に存在する事項への規制はダメ)とは昔の話。

それぞれ趣旨・目的・内容・効果を比較すべきであり、法律の趣旨が自治体の実情に応じて別段の規制を行うことを容認するものである場合、条例は法律に違反しないという見方もあります。

四つ目の方法は、地方自治法第15条に定められている「規則」で在日外国人への生活保護支給を禁止するというものです。15条は「地方公共団体の長は、法令に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し、規則を制定することが出来る」とあります。

住民の意思VS官僚の意思|地方議員は住民の味方といえるか

一つ目と二つ目の方法は、かつての機関委任事務時代の行政通達を法令と解釈する見方です。一方で、三つ目と四つ目の方法は法令と解釈しない、あるいはその法令を乗り越えられるという見方です。

またかつての行政通達(省令とも)を現在の自治法において「自治体への関与」と見なすのかと言う問題もブラックボックスなところがあります。

法規は上下の段階的構造をなしており、上位の法規は下位の法規に優越し、上位の法規に抵触する会の法規は効力をもたない。これを法の形式的効力の問題と言います。

法律の下に政令、省令があり、これとはまた別個に法律の下に条例が位置づけられています。政令や省令は法律の細目を定める施行規則です。

地方事務に関する限りでは法律と同位ともされる条例が、その施行規則より下位にあるのかという問題提起も出来ます。

もしこのような条例が作られたとき、その地方住民の意思たる条例と、一昔前の官僚の意思の発動たる行政通達(省令)のどちらを優越すると考えるのか。

もし行政通達が優越するのであれば、地方自治など所詮は建て前であり、選挙で地元の人たちに選ばれた地方議員の価値など地に落ちると言えるでしょう。

国と「戦う」気概も能力もない地方議員の現状➡提唱される地方議会(議員)不要論

ですが、残念ながらそのような状況(地元民の意思VS官僚の意思)は発生しておりません。

彼ら地方議員は国の過ち・法令の誤った適用に対し抗議することもなく、在日外国人への生活保護支給の禁止さえ上記の4つの方法のうちどれ一つとして選択していません。

国の法律に疑問を感じること、この政令や省令は誤っているのではないか、それを条例で以て是正できないかと考えることは世の中にはごまんとあるはずです。

あるいは、在日外国人への生活保護支給など単なる一例であって、〇〇業界に××の問題があって、業界内では自浄作用が働かないから国又は地方の条例によって是正できないかという問題はたくさんありますよ。

そういう問題を見つけて、「最終的には国と戦いますよ。国の〇〇と言う法律は現場の問題を無視しています。それを条例で以て、あるいは国の関与が不適切なものだと訴えて是正して見せます」と、これくらいのことが言えないのであれば地方議員など不要(地方議会不要論)でしょう。

もしこういう地方議員立候補者がいるのであれば、一票を投じてみる価値はあります。

※選挙制度(ex. 比例代表制度ってなに?)の中身に関して知りたい方はぜひ下記の記事をお読みください。

まとめ:国会議員と地方議員の関係はずぶずぶ|破たんした地方政府の存在意義(理念)

ところが、実際は国会議員と地方議員の関係はずぶずぶであって、そもそも国も地方も同じ政党から議員が輩出されているわけです。

国会議員も自分の選挙区の地方議員を選挙戦では頼りにしているわけです。力関係では地方議員の方が上だったりもします。地方議員からスタートして、足場を固めて国政に打って出るというのも一般的です。

地方議員の役割を本当に地域の実情に照らした法律案作成、国の法令の過ちを是正する役割を地方に持たせるという本質的な理念を掲げるのであれば、”政党は、地方議員と国会議員共に議員を立候補させてはいけない。どちらか一方にしか政党は議員を送れない”というやり方も一つでしょう。

現状では地方議員が主体的に動く、国の法令に対して疑問を提起し、上記の4つの方法のどれかを駆使して国と戦ってみせるというメカニズムは全く働いていません。

また機関委任事務が廃止された今となっても、いまだに在日外国人への生活保護支給というかつての行政通達がまだ生き残っているわけです。実質的には何も変わっていないという事です。

何も出来ない地方議員なのか、何もする気がない地方議員なのか、あるいはその両方があてはまるのかもしれません。今げんざい地方議会(政府)の存在意義を見直す時に来ているといえるのではないでしょうか(了)。

※地方議会不要論に関してはぜひ下記の記事もお読みください!

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