「民主政治はひとつのとるに足りない技術的細目にその健全さを左右される…選挙制度が適切なら何もかもうまくいく。そうでなければ何もかもダメになる」(オルテガ)
選挙制度が政治制度に与える影響は少なくありません。
選挙制度の適切さとは、”どのような国会を目指すのか”、”その政治制度の役割や機能に注目”して選挙制度を設計しなくてはいけないということです。
日本の選挙制度はまったくこのような観点で議論されておらず、衆議院や参議院、また地方議会に至るまで選挙制度がバラバラで、どのような議会を目指しているのかがまるで見えてきません。
今回は選挙制度の種類と、その選挙制度が政治システムや政党制と言う政治制度に及ぼす影響を解説していきたいと思います。
多数代表制と比例代表制|欧米の選挙制度の分類
「(日本の)各種選挙制度がどのような民主主義的な理念から主張されているのか、その背景となる政治思想にまったく無頓着であり、
中選挙区制や小選挙区比例代表並立制という、ただ”中間をとった”以外に理念らしいものが窺えない制度である」(加藤秀治郎『日本の統治システムと選挙制度の改革』ほか)
加藤は日本の現在の選挙制度を批判的に分析しており、欧米と日本では選挙制度の分類から異なっていると鋭い指摘をしております。
以下、加藤の主張を紹介しながら選挙制度の基本をおさらいしたいと思います。
※日本の選挙制度の分類はただ混乱をきわめるだけなのでここでは説明は省きます。欧米の分類のみ理解しておけばいいと思います。
今さら聞けない!多数代表制と比例代表制の違い
欧米の政治学では、基本的に選挙制度は2種類しかないと考えております。一つは多数代表制(≒小選挙区制)、もう一つは比例代表制です。
国際的に評価の高い選挙制度の古典は、バジョットの『英国憲政論』(1867年)と、”自由論”でも知られているミルの『代議政治の考察』(1861年)です。
バジョットは多数代表制を説き、ミルは比例代表制を説きました。
多数代表制(小選挙区制)は選挙区から一人の候補者が当選し、比例代表制は各政党が獲得した得票に応じて名簿リストから当選者が選ばれるという制度です。
投票に行ったことのあるかたであれば、説明は不要かと思います。ただ多数代表制(大選挙区制)というのも存在します。もう少し具体的に説明すると、
小選挙区制とは定数が1名の選挙区、大選挙区制とは定数が複数名いる選挙区のことです。
欧米の区分では複数定数のところで、定数よりも少ない数しか記入させない制度を制限投票制(limited vote)、定数の数だけ連記させる制度を複数投票制(plural ballot system)といいます。
すなわち、制限投票制は比例代表制(大選挙区制)、複数投票制は多数代表制(小選挙区制/大選挙区制)となります。
多数派が議席を独占する多数代表制 割り算の解で比例的に議席が分配される比例代表制
大選挙区制でも定数分だけ記入させれば多数代表制となりますが、一般に大選挙区制にするのであれば比例代表制を選ぶというのが普通です。
多数代表制は、文字通り”多数派”が議席を独占する制度です。
議席を獲得できるのはその選挙区でもっとも票数を獲得した政党1党のみです。
比例代表制は、日本の衆参両院選挙を見ても分かる通り、何十名かの定数を各ブロックに割り振り、その中で各政党が得た票数の割合に応じて議席が分配される制度です。もっと詳しく言えば、
ブロックの定数が10名だとします。全有権者の有効投票数が100万票だとしましょう。A党が60万票、B党が25万票、C党が10万票、D党が5万票獲得したとします。
それぞれの獲得議席を1,2,3,4…の整数で割っていきます。A党なら(60,30,20,15,…)/B党なら(25,12.5,8.3,…)/C党なら(10,5,3.3,…)というふうにです。
その商(割り算の解)の大きい順に議席を配分していくのです。まずはA党の60、次もA党の30、そしてその次はB党の25が大きいですね。これが10議席となるまで各政党に分配していくことになります。
勝者が1人の小選挙区制と違い、比例代表制では多数派を占めていない小政党にも議席が配分されるシステムとなっております。
ミルとバジョットの選挙制度の考察|選挙制度の代表的古典
ミルは少数派にも議席を与えるのが公正だと考えた(比例代表制を支持)
ミルが比例代表制を支持する理由は次のようなものです。
多数代表制では大政党の候補者ばかりが選ばれて、”少数派はひとりも議会に代表者を送れない”のだと。
それは”事実上、選挙権の剥奪に等しい”ので多数代表制よりも比例代表制が適切である。
少数派といえどもその得られた投票数によりわずかばかりでも議席が割り振られるべきである。
「数に比例した代表」が達成されるのが「民主主義の第一の原則」であるべきで、それが「公正」であるとミルは主張したのです。
バジョットが重視したのは機能する多数派(多数代表制を支持)
一方で、バジョットは多数代表制を説きます。
バジョットは議院内閣制を前提として、多数代表制が適切であると主張します。
議院内閣制の下では、安定した多数派(≒機能する多数派)が形成され政局の堅実な運営を可能にすることが重要で、その目的に適うのは多数代表制だというのです。
比例代表制では、多党が乱立し、1政党が過半数を取れず、連立政権となる可能性もあり、それでは効率的な議会運営は出来なくなるだろうとも。
実際に、現在の日本ではそうなっております。
まったく政党イメージも政策も異なっている自民党と公明党が連立を組んでおり、自民党の政策を連立与党の公明党が常に妨害している状況があります。
自民党は現在の選挙制度で、衆参ともに機能する多数派を形成できているとは言えないでしょう。
『民本主義』の吉野作造や大哲学家ポパーも選挙制度考察!!
吉野は結果の平等ではなく機会の平等を説く(多数代表制を支持)
日本では大正時代に民本主義で広く知られている吉野作造が、選挙制度で多数代表制を主張しておりました。
吉野は、小選挙区制を少数派を切り捨てるものと批判があるが、それは「浅はかなる考え」であるとし、
たとえ小選挙区での勝負で仮に敗れても”少数者は更に努力奮闘して他日の勝利を計るべき”というだけのことであり、その機会が奪われないのであればなんの問題もない、というのです(『普通選挙論』)。
しかし、吉野は比例代表制を無前提に反対しているわけではありません。
比例代表制を「認めるべき唯一の場合」を想定し、それは”少数者の利益なるものが先天的に固定している場合”であり、
たとえば宗教や民族などで「多数少数の関係が初めから社会に固定し、政治上いかに努力しても、その間に融通の途が絶対にない場合」であるとしています。
この点で西洋には比例代表制が顧みられる場合もあるが、「かかる固定的利益を有する特別団体が無い」日本では比例代表制は適切ではないと結論付けております。
ポパーは政権交代の円滑さに民主主義の価値を見出す(多数代表制を支持)
K・ポパーは”流血を見ることなく政権を交代させる可能性”のある体制が民主主義だという理論を展開し、
そのためには2大政党制をもたらす多数代表制でなくてはいけないと主張しております。
ポパーは「比例代表制で選出された議会は、民意をよりよく反映する鏡である、との考えは誤っている」といいます。
彼の考えでは、総選挙の投票日は国民がそれまでの現政権に○か×かの裁定を下す日なのだが、比例代表制ではそれが困難になるというのです。
比例代表制では政党の数が増え、政権樹立は困難になってしまい、時に連立相手となった小党が政権樹立時に大きな影響力(ときには決定的な影響力)を行使するのが可能となってしまう。
小党が与党の政策決定に影響を行使できるようになる。また”国民の投票で現政権を野党に転落させる”ことも比例代表制では難しい。
比例代表制は与党に対し適切な審判を下せない・・・
政党が多くなり、どの党も過半数に達しないようになると、あとは政党の連立工作に委ねられてしまう。
その時に、有権者から支持を失ったかつての与党も連立に加わることがあり、あるいは過半数を失っても依然として第1党であり続ける可能性も大きい。
もし過半数を失いながらも第1党を確保できたとして、その場合はもちろん小党を巻き込み連立を組まなくてはいけない。
となると、その小党による過剰な影響力の行使につながりかねず、ミルを含む比例代表制論者の主張であった”票数に応じた政党の影響力”と言う、比例代表制の基礎にある理念とは、
まったくグロテスクなまでに正反対のものが現実となる。
このポパーの洞察は、どちらも過半数に届かなかった2大政党が、連立相手にもう一つその国に存在する3番目の政党(少党)に連立をお願いするしかなく、
その小党が議会運営でキャスティングボートを握ってしまう事態を考えればすぐに理解できるかと思います。
まとめ
ミルであれバジョットであれ、吉野やポパーであれ、その民主主義的な理念や政治制度と選挙制度の関連を踏まえて適切な解を求めていることがよくわかるでしょう。
現在の日本の選挙制度は、地方議会では中選挙区制、国政では小選挙区比例代表並立制という欧米ではまったく考えられない選挙制度を採用しております。
特に中選挙区制は、多数投票制でもなければ比例代表制でもありません。中選挙区制は戦前から日本の選挙制度で採用され、吉野は、
「今日の制度(中選挙区制)のごときは…欧米の立憲諸国では実際に、かつてその例を見ないだけでなく、閑な学者がそんな方法もありうるなどと考えた事すらない。
…これが実にわが国選業界の精神を汚し、弊害を助長する最も重大な原因なるがゆえに、私は何よりもまずこの点の改正を希望してやまない」
と、実に正当な評価をしております。
小選挙区比例代表並立制もそうですが、とくになんら民主主義的な理念など顧られることなく、政治制度の考察もなく、
当時この選挙制度を決めた各政党の利害/私的利益を調整してできあがった妥協的産物、ただそれだけを意味しております。
結果として、その選挙制度は国政も地方政治も混乱をきわめさせ、”決められない政治”や”腐敗政治”が横行する構造的な要因となっております(了)。
※決められない政治に関してはぜひこちらの記事もお読みください。
60秒で読める!この記事の要約!(お忙しい方はここだけ )
- ”選挙制度が適切なら何もかもうまいくいく。そうでなければ何もかもダメになる”(オルテガ)の格言にある通り、選挙制度が政治制度に与える影響は大きい
- 欧米の選挙制度分類では、基本的に2種類しか選挙制度は存在しない。多数代表制と比例代表制だ。その各選挙制度の代表的論客はバジョットとミルである
- バジョットは機能する多数派を根拠に多数代表制を、ミルは数に比例した代表が選ばれるのが「公正」であり比例代表制を支持した。またポパーは比例代表制は多党を乱立し、連立政権時に小党が過大な影響力を握ってしまうことを踏まえ、それが「公正」と言えるのかと疑問をあげる
- 日本では中選挙区制や小選挙区比例代表並立制のように、選挙制度は各政党の利害を調整した妥協的産物にしかならず、民主主義的な理念や政治制度上の考察が選挙制度議論に反映されることはない。結果、どこを向いているか不透明な選挙制度が政局を混乱させ、”決められない政治”や”腐敗政治”の温床となってしまった
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