必見!地方議会不要論を考えてみた!問題は議員の質だけじゃない?(丁寧に解説)

政治改革
Photo by Markus Spiske

地方選挙の形骸化が叫ばれて久しいです。みなさんの地方議員選挙でも、必ず”無投票当選”(=無投票選挙)が定着している選挙区が見られると思います。

立候補する人もいなければ、投票に行く人もいないことで成り立つ現象です。

地方選挙の前に役所や役場などがスピーカーで”明日○○日は××議員選挙です。投票に行きましょう”という声が聞こえてきます。

しかし、その前に「なぜ誰も投票に行かないのか?」「地方議員はちゃんと仕事をしているのか?」といった点こそ役所や役場は再考するべきではないでしょうか。

首長や議員の質の低さ(ex. 政務活動費の不正受給問題/市職員への暴言)も理由ではあるでしょう。

ですが、地方議会の低迷ぶりは、構造的な問題も要因の一つだと思います。

はたして”地方議会はいらないのか(地方議会不要論)”その点を本日はテーマにしたいと思います。

変形型二次元的代表制|地方政府の制度設計上の混乱

日本の政治制度のすべてに当てはまりますが、その政治組織/機構の存立をささえる民主主義的理念は何一つ見えてこないということ。

民主主義的理念とは、分かりやすく言えば”この政治制度はいったい何を目指しているのか/どのような価値を実現しようとしているのか”ということです。

地方選挙/地方議会においてもこの理念の欠如が見られます。

世界的にみてかなり珍しい制度である日本の地方議会

実は、日本の地方選挙/地方議会というのは世界でもかなり珍しい制度です。

地方選挙では、地方議院のみならず、首長(都道府県知事/市町村長)でさえ有権者が直接選挙で選びます。

国政と違い、立法府と行政府のそれぞれの代表を有権者が選ぶのです。これを二元的代表制と呼びます。

アメリカの大統領制と同じですが、日本の場合は、この大統領制にあえて一元的代表制である議院内閣制の要素を加えております。これを大統領的首長制又は変形型二次元的代表制と言われます。

いったいこれによってどんな民主主義的価値観を目指しているのかまったく不明です。

大統領制なのに不信任決議??制度設計上の地方政府の混乱

この制度の中身を詳しく確認すると、大統領制であるにもかかわらず、議院内閣制の機能である”議会の首長に対する不信任決議権”を認めております。

一方で首長には”議会の解散権”を認めており、これは地方自治法第178条に記載があります。一般的な大統領制ではこういう制度は当然ありえません。

有権者が直接首長を選ぶことの意義は、議会(立法府)とは独立し、強固な行政権の行使が可能となり、安定し効率的に機能した行政府の仕事を行えるようにという理念に尽きます。

にもかかわらず、不信任決議を立法府に認めるのです。また地方自治法第178条第2,3項の規定を読めば、首長が一度不信任決議を受け、

その場で解散し、地方議員選挙が行われてまた再結集した議会で再び不信任決議が通れば、首長は自動的に失職するという内容です。

これによって何を目指しているのか、全く民主主義的な理念が見えてこない制度です。

日本の地方政府はどこに向かいたいのか??

厳密な議院内閣制では、”不信任決議権の可決”はありえません。議会の多数派から首長を選ぶのですから。

しかし、首長を有権者が直接選ぶ地方議会では、起こりえないわけではありません。

第178条の第3項で不信任決議可決には4分の3以上というきわめて多数の賛成票が必要となっておりますが(2回目は過半数)、そもそもこんな制度を作った理由がよく分からないですね。

本来の大統領制では、議会VS大統領(首長)により権力分立機能を維持しようというのが根底理念ですし、またそうなっているものです。

しかし、日本の地方政府の制度設計を考えると、国政における議院内閣制ほどには距離は近くないけれども、大統領制よりははるかに議会と首長との距離が近くなるということになるでしょう。

この地方政府の制度設計上の混乱(?)は、実際にはどのような現象をもたらしているのか。

”3ない議会”と揶揄される地方議員

地方議会を揶揄やゆする言葉に”3ない議会”というものがあります。これはフリーパス議会とも言われます。

地方議員からすれば非常に面白くない言葉ですが、実態をよく表している言葉でもあります。

“3ない”とは、①修正しない②提案しない③公開しない、ことを指します。

具体的に説明すると、行政府(首長)から提案された議案を修正しない/自ら議案を提案しない/また情報公開もしない、の”3ない”を意味します。

首長の言いなりになる地方議会の実態

本来、大統領制では100%議員立法なのですが、日本の地方政府は行政府(首長)にも法案提出権が与えられております。

2011年の神奈川県での市町村議会では、首長提出法案を全体の99%原案可決していることが新聞記事となりました(読売新聞/2011年4月20日(水)/朝刊)。

議員のインタビューも一部掲載されており「市と政策について時間をかけて議論しており、市長が提案する議案には、我々の意見が既に反映されていることが多い」と語る一方で、

この議論は議場外で行われるため、「市民から疑問に思われても仕方がない」とも。

他には「我々は市長追随の議会だったことを反省せざるを得ない」と話す議員もおりました。

この記事で法政大の広瀬克哉教授は”99%という原案可決は全国平均とほぼ同じ。否決があっても、首長と対立する議会の嫌がらせに近い場合が多い”と述べております。

地方議会はまったく”総与党化”しており、首長のいいなりになってきたといっても過言ではないでしょう。

国政における議院内閣制よりも、実態は更に議会と首長との距離が近くなっており、野党が存在する国政よりも両者が一体化していると言えるでしょう。

野球をしない野球選手に価値はない(法案を作らない議員に価値はない)

“②提案しない”はさらに本質的な問題を秘めております。

立法府の仕事は法案を作ることです。例えば地方自治法第96条第1項 普通地方公共団体の議会は、次に掲げる事件を議決しなければならない。

一 条例を設け又は改廃すること 二 ~(以下略)、とあります。第112条においても議員の議案提出権が規定されております。

野球選手であるのに野球をしない、サッカー選手であるのにサッカーをしないのであれば、だれも球場やグラウンドに試合を観に行かないでしょう。

議員にとってのそれが法案を作成/修正することなのですが、それを彼らはしないのです。議員にとってこれがいかに決定的な問題であるのか、何度主張しても足らないくらいだと思います。

②提案しない”議員の存在意義をまったく見失わせる最も本質的に重要な問題といえるでしょう。

私たち有権者が投票に無関心となるのは、きわめて自然発生的なものだったと思います。

”野球選手であるのに野球をせず、球場でも当然試合は行われない”のに、どうしてチケットを購入して球場にいくのでしょうか。残念ながら、そのように考えればこれは自明のことだと思います。

このように考えると、地方議会不要論はかなり説得力のある主張となります。

地方議員の専門的能力を高めればいいのでは??

地方議会での議員提案の法律(条令)も数は少ないですが、存在はします。

しかし、その議員提案のほとんどが意見書や決議、議員定数など議会内部の規定の変更です。

意見書とは、地方自治法第99条にて記載があり、自治体内部の問題に関し意見書を国会又は関係行政庁に提出することができるものです。これも特に政策的な立案ではまったくありません

これら意見書・決議は単なる”意見”であり、なんら法的拘束力はありません。純粋な立法活動とはいえないかもしれません。

これは裏返せば、現在の地方議院に政策立案する能力がないことの”あかし”かもしれません。ならば専門的な能力を見に付けてもらうためのシステムを作ればいいということになります。

政務活動費を悪用する地方議員|野々村竜太郎氏だけじゃない!?

実はこの考え方に基づいて、有権者からよく批判され議員の”第2の報酬だ”と非難される政務活動費が議員に支給されているのです。

政務活動費は地方自治法第100条第13項に規定があり、”政策調査研究などの活動のために支給される経費”とあります。

ところが、その実態は2016年7月23日に有罪判決が確定した、嘘の収支報告書を提出して政務活動費を936万円だまし取り、詐欺罪に問われた元兵庫県議野々村竜太郎被告がすべてを物語っております。

彼は計344回にもわたり東京や城崎温泉など日帰り出張を繰り返し、遊興費に使用しておりました。政治団体の会費や選挙向けのチラシといった不適切な利用をする議員も後をたちません。

彼ら地方議員の歳費は一般の民間人のお給料よりもはるかに高額です。

そこから政策の勉強に関する費用等いくらでもねん出できると思うのですが、

次の選挙戦のために地元有権者の方の冠婚葬祭費用、飲み会代、はてはキャバクラやクラブでの接待費と言ったものに使われているのが実情です。

お金も時間もある。ただやる気がない地方議員のあきれた実態

たとえ現状では政策を立案する能力がなくても、その能力を見に付ける上での勉強費用などもう既に法的な制度も用意し充分すぎるほど議員に与えられております。

国政の衆議院と違い、4年間はその地位が安泰であるのが地方議院であり、地方議会の登院日数も都道府県議で年間約100日、市議で約70日ほどです。

もちろん議場外でも議員の仕事はあるでしょうが、勉強する時間は充分にあるといえるでしょう。

彼らが地元有権者との飲み会やキャバクラ、クラブ接待などに税金を使い、時間とお金を無駄にすることさえ止めればいいだけです。

まとめ

結論として、まず地方議会の制度は変形型二元的代表制という世界的に見て珍しい制度。珍しい=まったく民主主義的な理念や価値がないのでどの国も採用していないということ。

その特異な地方制度は行政府(首長側)も法案を作れるので、地方議員は首長に法案作りを丸投げし、何もしないという現象が発生した。議員は勉強する時間もお金も充分に与えられているが、

地元有権者とのキャバクラやクラブで時間やお金を使うことに専念している。次回の選挙で勝つためである。地方議員の本分は法案を作ること、これをしないといのは↓

地方議員はまさに”野球選手であるのに野球をしない/球場で試合もしない/ましてや、野球の技術を高めることもしないし、高める気もまったくない”ということになる。

この現状を変えない限りは、私たち有権者は今後も地方選挙にいかないですし、地方政治/政府に関心をもつこともないでしょう。

やはり地方議会不要論が出てくるのは当然かもしれません(了)。

※地方議会不要論に関してはぜひこちらの記事もご参照ください。

補足:地方議会不要論の実際の手続きに関して

※実際に地方議会を廃止するには、現行憲法第93条の改正が必要となります。また地方議会を存続しても、選挙ではなく非公選にするやり方もあります。

が、これも第93条第2項の改正が必要となります。 やりたい放題の地方議員を守る鉄壁の砦は、実は日本国憲法にあります。

【参考】第93条第2項 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する

60秒で読める!この記事の要約!(お忙しい方はここだけ)

要約
  • 地方選挙の形骸化が叫ばれて久しい。首長や議員の質の低さもあるが、民主主義的な理念の欠如など構造上の問題も存在する
  • 日本の地方政府は、大統領制でありながら議院内閣制の要素も組み合わせた、変形型二次元的代表制という世界的に見ても珍しい政治制度だ。権力分立機能も不明瞭で何を目指しているのか分からない制度だ
  • 地方議会は”3ない議会”と言われ、首長の提出議案を修正しない/自ら法案を提案しない/情報公開しないという、何もしない議会(立法府)と揶揄されている
  • 立法府でありながら法案を作らないという、地方議員の役割を放棄しその存在意義さえ見失わせているのが実情。高額な歳費の他に、政務活動費という専門能力を高めるための経費さえも与えられているのに、それを悪用する議員がほとんどである。”議会不要論”が叫ばれるのも無理はないかもしれない

コメント

タイトルとURLをコピーしました