「選挙制度が適切なら何もかもうまくいく。そうでなければ何もかもダメになる」
スペインの哲学者オルテガの格言です。
私は、現在の日本政治の混乱の原因の一つは選挙制度にあると考えております。
特に、衆議院と参議院、まったく同じ役割をもった両院が存在するのも異常です。
議会は2院制だと思われがちです。しかし、諸外国では1院制の方が多いですし、
もし、2院制を採用したとしても、両者に権限において優劣を持たせるのは普通です。
※たとえば、一方の議院には法案や予算の採決権を与えない、など。
そうしなくては、政局が常に混乱するからです。「ねじれ国会」がまさにそれです。よって、選挙制度が政治に与える影響は少なくありません。
そして、選挙制度の適切さとは、”どのような国会を目指すのか”、”政治制度の役割や機能に応じて、選挙制度が設計されているのか”
という二点から考える必要があります。
ところが、日本の選挙制度はまったくこれらを無視しているようにみえます。
衆議院や参議院、また地方議会にいたるまで選挙制度がバラバラで、どのような議会を目指しているのか方向性がまるで見えてきません。
この記事では選挙制度の種類(小選挙区制、比例代表制の違い)と、その選挙制度が政治システムや政治制度に及ぼす影響を、丁寧に解説していきます。
多数代表制(≒小選挙区制)と比例代表制とは|定義から役割まで解説
(日本の)各種選挙制度がどのような民主主義的な理念から主張されているのか、その背景となる政治思想にはまったく無頓着であり、
中選挙区制や小選挙区比例代表並立制という(日本の選挙制度は)、ただ「中間をとった」以外に理念らしいものが窺えない制度である(加藤秀治郎『日本の統治システムと選挙制度の改革』ほか)
日本の代表的な政治学者、特に選挙制度に関し第一人者である、加藤秀治郎氏は日本の現在の選挙制度を批判的に分析しており、
欧米と日本では選挙制度の分類から異なっていると鋭い指摘をしております。
もちろん、選挙制度のみならず、日本の社会制度は欧米からの「輸入」が基本です。欧米で生まれた、この二つの選挙制度を整理していきたいと思います。
※加藤秀治郎氏著『日本の統治システムと選挙制度の改革』(一藝社)など参照。
多数代表制(≒小選挙区制)と比例代表制の違いをわかりやすく!!
欧米の政治学では、基本的に選挙制度は2種類しかないと考えています。
一つは多数代表制(≒小選挙区制)、もう一つは比例代表制です。
国際的に評価の高い選挙制度の古典は、バジョットの『イギリス国政論』(岩波文庫)と、ミルの『代議制統治論』(岩波書店)です。
※ミルはあの有名な『自由論』(光文社古典新訳文庫) の著者です。
バジョットは多数代表制を説き、ミルは比例代表制を説きました。
多数代表制(≒小選挙区制)とは、選挙区から一人の候補者が当選し、比例代表制は各政党が獲得した得票に応じて名簿リストから当選者が選ばれるという制度です。
ですが、多数代表制といえば小選挙区制、というわけではありません。厳密には、多数代表制には大選挙区制というのも存在します。もう少し具体的に説明すると、
小選挙区制とは定数が1名の選挙区、大選挙区制とは定数が複数名いる選挙区のことです。
※定数とは当選者数のことです。
欧米の区分では複数定数のところでは、定数よりも少ない数しか記入させない制度を制限投票制(limited vote)、定数の数だけ連記させる制度を複数投票制(plural ballot system)といいます。
定数よりも少ない数しか記入させない制限投票制は、日本の地方議会選挙(中選挙区制)が有名です。
たとえば、自民党支持者といえども、「私の住む○○区では、3名が当選するけど、一人しか投票できないんだよな。自民党の○○さんや□□さんのどちらに投票すればいいんだろう??」
と、悩まれた方はおられるのではないでしょうか。
「自民党の候補者であればだれでもいいんだけど、どうしよう」という悩む。この点に日本の選挙制度の問題点の一端がみえてきます。
そもそも大選挙区制あるいは中選挙区制で、制限投票制にするというのが大きな問題です。有権者を悩ませる選挙制度などありえません。
※実際、諸外国ではありえない選挙制度。世界の物笑いの種となっています。
多数派が議席を”独占”する多数代表制、割り算で比例的に議席が”配分”される比例代表制
もちろん大選挙区制でも定数分だけ記入させれば多数代表制となりますが、大選挙区制にするのであれば比例代表制を選ぶというのが普通です。
多数代表制(小選挙区制)は、文字通り”多数派”が議席を独占する制度です。
すなわち、議席を獲得できるのは、その選挙区でもっとも票数を獲得した政党1党のみ。
一方、比例代表制は、日本の衆参両院選挙を見ても分かる通り、何十名かの定数を各ブロックに割り振り、その中で各政党が得た票数の割合に応じて議席が分配される制度。
たとえばブロックの定数が10名だとします。全有権者の有効投票数が100万票だとしましょう。A党が60万票、B党が25万票、C党が10万票、D党が5万票獲得したとします。
それぞれの獲得議席を1,2,3,4…の整数で割っていきます。A党なら(60,30,20,15,…)/B党なら(25,12.5,8.3,…)/C党なら(10,5,3.3,…)というふうにです。
その商(割り算の解)の大きい順に議席を配分していきます。まずはA党の60、次もA党の30、そしてその次はB党の25が大きいですね。これが10議席となるまで各政党に分配していきます。
勝者が1人の小選挙区制と違い、比例代表制では多数派を占めていない小政党にも議席が配分されるシステムです。
ですから、日本の地方議会の中選挙区制、参院では複数当選者が出る複数区の小選挙区制では、いつも混乱が生じます。
比例代表制の理念に共感しているのであれば、中選挙区制や複数区などはやめて、その分を比例代表制の当選者数に加算すればよいのです。
こうすれば、参院選でよく問題になる、野党の選挙協力などする必要がなくなるでしょう。
『自由論』でも有名なミル、そしてバジョットが考えた選挙制度
先ほども欧米で選挙制度の古典となっていると紹介した、ミルとバジョット。特にミルは『自由論』(光文社古典新訳文庫)で有名です。
この二人の著書は、今でも参考になります。日本の選挙制度がまったく理念を欠き、党利党略に陥っているのを再確認するためにも、ぜひここで整理したいと思います。
ミルは少数派にも議席を与えるのが○○だと考えた(比例代表制を支持)
ミルが比例代表制を支持する理由は次のようなものです。
多数代表制では大政党の候補者ばかりが選ばれて、”少数派はひとりも議会に代表者を送れない”といいます。
事実上、選挙権の剥奪に等しいので、多数代表制よりも比例代表制が適切である。少数派といえどもその得られた投票数によりわずかばかりでも議席が割り振られるべきである。「数に比例した代表」が達成されるのが「民主主義の第一の原則」であるべきで、それが「公正」である。よって、比例代表制が適切である
とミルは主張しました。
バジョットが重視したのは○○する多数派(多数代表制を支持)
一方で、バジョットは多数代表制(小選挙区制)を説きます。
バジョットは議院内閣制を前提として、多数代表制が適切であると主張します。
議院内閣制の下では、安定した多数派(≒機能する多数派)が形成される。なによりも政局の堅実な運営を可能にすることが重要であり、
その目的に適うのは多数代表制といいます。
比例代表制では、多党が乱立し、1政党が過半数を取れず、連立政権となる可能性もあり、それでは効率的な議会運営は出来なくなるだろう
とも主張します。
※現状、自公連立政権がまさにそれです。自民党の政策を公明党が常に妨害しています。
『民本主義』の吉野作造や大哲学家ポパーも選挙制度を斬る!!
日本の学者も戦前は非常に高度な議論をしておりました。あの有名な民本主義で人口に膾炙している吉野作造氏です。吉野氏の議論も、現代でも価値のある主張をされております。
また哲学者として知られているK・ポパーも、なんと選挙制度に関して目を見張る主張をしております。
※吉野作造氏著『憲政の本義、その有終の美 』(光文社古典新訳文庫)、加藤秀治郎氏著『日本の選挙 何を変えれば政治が変わるのか』 (中公新書)など参照。
吉野は結果の平等ではなく○○の平等を説く(多数代表制を支持)
民本主義で有名な吉野作造氏は、多数代表制を主張しています。
吉野作造氏は、小選挙区制を少数派を切り捨てるものという批判があるが、それは「浅はかなる考え」であるとし、
たとえ小選挙区での勝負で仮に敗れても”少数者は更に努力奮闘して他日の勝利を計るべき”というだけのことであり、その機会が奪われないのであればなんの問題もない
といいます。
しかし、吉野氏は比例代表制を無批判に反対しているわけではありません。
比例代表制を「認めるべき唯一の場合」を想定し、それは”少数者の利益なるものが先天的に固定している場合”であり、
宗教や民族など「多数少数の関係が初めから社会に固定し、政治上いかに努力しても、その間に融通の途が絶対にない場合」であるとしています。
(この点で、)「西洋には比例代表制が顧みられる場合もあるが、かかる固定的利益を有する特別団体が無い日本では、比例代表制は適切ではない
と結論付けております。
ポパーは政権交代の○○さに民主主義の価値を見出す(多数代表制を支持)
ポパーは、流血を見ることなく政権を交代させる可能性のある体制が民主主義と主張し、
そのためには2大政党制をもたらす多数代表制でなくてはいけないと断言します。ポパーは、
比例代表制で選出された議会は、民意をよりよく反映する鏡である、との考えは誤っている
といいます。また、比例代表制の欠点をより具体的に、
総選挙の投票日は国民がそれまでの現政権に○か×かの裁定を下す日なのだが、比例代表制ではそれが困難になる
比例代表制では政党の数が増え、政権樹立は困難になってしまう。時に連立相手となった小党が政権樹立時に大きな影響力(ときには決定的な影響力)を行使するのが可能となってしまう
(すなわち、)小党が与党の政策決定に影響を行使できるようになる。また”国民の投票で現政権を野党に転落させる”ことも比例代表制では難しい
と述べます。
※小選挙区比例代表並立制という、中途半端な選挙制度を採用している日本の現在の状況をそのまま指摘しているような気がします。
【論点】比例代表制は与党に対し適切な審判を下せない!?
確かにポパーの主張は納得できる点が多い。政党が多くなり、どの党も過半数に達しないようになると、あとは政党の連立工作に委ねられてしまいます。
その際、有権者から支持を失った、かつての与党も連立に加わることがありえます。あるいは、過半数を失っても依然として第1党であり続ける可能性も大きいでしょう。
もし過半数を失いながらも第1党を確保できたとして、その場合はもちろん小党を巻き込み連立を組まなくてはいけません。
となると、その小党による過剰な影響力の行使につながりかねません。
比例代表制論者の主張であった”票数に応じた政党の影響力”と言う、比例代表制の基礎にある理念とは、まったくグロテスクなまでに正反対のものとなってしまいます。
ポパーの洞察は、どちらも過半数に届かなかった2大政党が、
第3番目の政党(少党)に連立をお願いするしかなく、
その小党が議会運営でキャスティングボートを握ってしまいます。
※公明党の自民党に対する過剰な影響力がまさにそれです。
まとめ
ミルやバジョットなど代表的論者たちは、
民主主義的な理念や政治制度、そして選挙制度の関連を踏まえて適切な解を求めています。
ところが、日本の選挙制度は、地方議会では中選挙区制、国政では小選挙区比例代表並立制。
欧米ではまったく考えられない選挙制度を採用しております。
特に地方議会選で採用されている中選挙区制は、多数投票制でもなければ比例代表制でもありません。
戦前から日本で採用された中選挙区制の歴史は長く、吉野作造氏は、
今日の制度(中選挙区制)のごときは…欧米の立憲諸国では、かつて実際にその例を見ないだけでなく、閑な学者がそんな方法もありうるなどと考えた事すらない
…これが実にわが国選業界の精神を汚し、弊害を助長する最も重大な原因なるがゆえに、私は何よりもまずこの点の改正を希望してやまない
と、実に正当な評価をしております。
※吉野作造氏著『憲政の本義 – 吉野作造デモクラシー論集』 (中公文庫)など参照。
小選挙区比例代表並立制もそうですが、とくになんら民主主義的な理念などかえりみられることなく、政治制度の考察もなく、
当時、この選挙制度を決めた各政党の利害・私的利益を調整してできあがった妥協的産物、党利党略のたまもの。
結果、これら選挙制度は国政や地方政治ともに混乱を生じさせ、”決められない政治”や”腐敗政治”が横行する構造的な要因となっています(了)。
60秒で読める!この記事の要約!(お忙しい方はここだけ )
- ”選挙制度が適切なら何もかもうまいくいく。そうでなければ何もかもダメになる”(オルテガ)の格言にある通り、選挙制度が政治制度に与える影響は大きい。
- 欧米の選挙制度分類では、基本的に2種類しか選挙制度は存在しない。多数代表制と比例代表制だ。その各選挙制度の代表的論客はそれぞれバジョットとミルである。
- バジョットは、機能する多数派を根拠に多数代表制(≒小選挙区制)を、ミルは数に比例した代表が選ばれるのが「公正」であり比例代表制を支持した。また、ポパーは比例代表制が多党を乱立し、連立政権時に小党が過大な影響力を握ってしまうことを踏まえ、それが「公正」と言えるのかと疑問をあげる。
- 日本では、中選挙区制や小選挙区比例代表並立制のように、その2種類を混合したような「おかしな」選挙制度になっている。これは各政党の利害を調整した妥協的産物のたまもの。民主主義的な理念や政治制度上の考察が選挙制度議論に反映されているわけではない。結果、何を目指しているのかわからない、不透明な選挙制度が政局を混乱させ、”決められない政治”や”腐敗政治の温床”となってしまっている。
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