関東大震災朝鮮人「虐殺」肯定派のバイブル 吉村昭『関東大震災』を斬る!

政策争点
©いっせい

私も東日本大震災で経験済みですが、被災者はほんとに情報が届きません。新聞も止まり、電気・水道もすべてやられて、当然テレビもネットも使えない。

一方、被災地以外の人たちがテレビなどの連日のニュースで、被災状況をよく知っていたのだから。事実は小説よりも奇なりですね。

1923年9月1日関東大震災でもそうだったようです。首都圏の新聞はほぼ停止、「そうした中で仙台の河北新報(仙台の地元の新聞)は、仙台鉄道局の鉄道電話によっていち早く正確な情報をとらえた」とのこと。私も仙台市民として、地元紙の奮闘ぶりを素直に嬉しく思います。

しかし、そんな河北新報であろうが、震災後、最も早く発刊できた東京日日新聞(現・毎日新聞)であろうが、

朝鮮人の暴行・略奪に関する情報はすべて「流言」となってしまう。一方、日本人の犯罪はすべて「事実」となる。そんな一方的な「物語」を世間に流布させたのが吉村昭氏著『関東大震災』(文春文庫)です。世にいう、関東大震災における朝鮮人「虐殺」説

吉村の著書はあえて触れていませんが、

関東大震災以前の数年間、新聞紙上で、常に朝鮮人革命家らが「爆弾テロ事件」などで紙面をにぎわせていました。

朝鮮人革命家らが関東大震災時に、事前に用意していた爆弾などで放火・略奪・強姦などテロ事件に走ることは、当時の日本国民にとって確度の高い情報でした。

しかし、吉村は朝鮮人の悪行はすべて「流言」とする。なぜ吉村はこうも朝鮮人をかばいだてするのでしょうか。

吉村の頭の中には、どうやら「朝鮮人はみな良心を持ち、犯罪など一切行わない。悪行を行うはすべて日本人である」という前提があるらしい。

従軍「慰安婦」や南京「大虐殺」と並び、日本の自虐史観を強めている関東大震災の朝鮮人「虐殺」。その火付け役となった著書の矛盾点を確認したいと思います。

“日本人犯罪のみ”多発したと論じる吉村の「民族史観的スタンス」

たとえば、本書166頁にて、”立憲労働党総理山口正憲を首謀者とする集団強盗事件”に触れており、大地震が発生した直後の、災害に乗じたきわめて悪質な犯罪と酷評。

凶器を手にし略奪行為を繰り返した日本人たちを朝鮮人と錯覚したことで、朝鮮人が犯罪行為を働いているという「流言」が起きたらしいと推測する。

また168頁で、

日本人と朝鮮人は、同じ東洋民族として顔も体つきも酷似しているというよりは全く同一と言っていい 

吉村昭氏著『関東大震災』(文春文庫/1977年)

などと苦しい主張をします。西洋人ではあるまいに、日本人であれば、朝鮮人と日本人の区別くらいつきそうなもの。

極めつけは、本書の第18章「犯罪の多発」の章です。大災害で、多くの人々は職を失い生活の糧を得る手段をなくし、食料もままならない。そんな窮迫した状況の中、大規模な略奪が行われるのは自然の流れと吉村はいう。私もその通りだと思います。

銀行、会社の跡地から高価なものを掘り出すもの。焼け残った地域でも窃盗・強盗が相次いだ。大衆浴場でも脱いだ衣類や金品は盗まれ、その犯人の大半は女性であったと。

313頁には、警察の無力化に乗じて悪質な詐欺・恐喝事件も発生。警察や憲兵の名をかたった詐欺行為が多かったらしい。救援物資を官公吏が横領する犯罪も多く、「日頃の恨みをはらす目的やいたずら半分に放火する犯罪が、9月中に25件も起こった」とも。

吉村の驚くべき主張は、これほど人心が乱れていたにもかかわらず、朝鮮人の犯罪行為は一つとしてなく、すべて「流言」。放火なども実際に起こっていたが、すべて日本人の犯罪。

当時、日本に出稼ぎに来ていたくらいだから、朝鮮人の多くは貧しく、東京の下町暮らし。なぜ彼らは、震災直後、火事場泥棒もいくらでも見過ごされ、日本人に対して恨みもあっただろうに、犯罪行為を一切働かず、高い道徳性を示したのか?

まともな読者であれば、「ちょっとおかしいだろ笑」と思ってしまいますよね。

当時の日本政府も朝鮮人を罰することに消極的!?

ともかく、吉村には「朝鮮人はすべからく善人で、犯罪行為など犯さない神の民族である」という前提があります。

あるいは、朝鮮人の犯罪行為はすべて「流言」としていたため、朝鮮人の犯罪行為は一つとして記載できなくなってしまったのか。この「流言」という文言の多様も異常なんです。

あるページには「流言」という文字が10回以上も出てくる。なぜここまで、朝鮮人の犯罪を「流言」としたかったのか、ホントに謎。

当時の日本政府も「良心的な朝鮮人もいるし、悪いことをしているのは朝鮮人のみならず、日本人だっているよね。だからむやみやたらに自警団は私刑をしないでね」というお達しを出している。

※それだけ朝鮮人犯罪行為とともに、自警団の自衛行動が多発していた証拠です。

一方、当時も今も、日本政府は公的文書で「流言」という記載を変えてはいません(例えば、内閣府HP「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(H21年)」)。が、最近は少し変わってきています。

平成29年の国会での質問主意書では、「虐殺」は確認できないという政府答弁が出てきました。平成21年(2009年)までは、およそ「虐殺」説を肯定していたのに。これは、工藤美代子氏著『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実 』(産経新聞出版/2009)の功績が大きい。

ともかく日本政府の基本スタンスは、民間の研究にゆだねるという超消極的なもの。自分たちは責任を取りたくない。

これだけ、人心が荒廃している中、罪を犯さなかった朝鮮人が一人としていなかったとするのは返って不自然です。

当時の日本政府の方針としては、「朝鮮人により、日本人が略奪・強姦されているのは分かっているが、事をこれ以上大きくしないので黙殺」という政治的判断があったとのこと。この点に関しては、工藤美代子氏著『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実 』(産経新聞出版/2009)に詳しい。

繰り返しますが、内閣府HPは、「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書(H21年)」を公表しています。 官庁記録による殺傷事件被害死者数では、朝鮮人は233名が犠牲に。被疑者として367名を検挙している。日本側はきちんと逮捕・起訴しております。

一方で、朝鮮人犯罪は少なく見積もり、また被疑者も被害者も不詳であるから不起訴。ともかく政府自ら朝鮮人側に立っており、朝鮮人犯罪に毅然として立ち向かわず、「なあなあ」にすませる。戦前から戦後まで続く、日本政治の宿痾です。教科書検定における近隣諸国条項導入、尖閣諸島の領有権棚上げ問題など枚挙に暇がありません。

関東大震災朝鮮人「虐殺」の人数は朝鮮人の捏造だった!?

まだまだ矛盾点は多い。

吉村自身、「震災の火災で男女の判別すらつかない遺体」と記載します。川で溺死した遺体も、震災発生日9月1日という真夏の季節も影響し、翌日の2日はもう腐敗が始まる。政府は、2日、3日には、臨時の火葬場を設け、それでも間に合わず、その場でだびに付すことに決めた。そんな状態だった。

実際、朝鮮人テロリスト・犯罪者(不逞鮮人/ふていせんじん)と間違われて殺された、良心的な朝鮮人・日本人もいたと思います。

が、人数などどうして把握できようか。吉村は、民本主義で有名な吉野作造博士の主張、在日朝鮮同胞慰問会(朝鮮人の革命家団体)による虐殺2613名説をちゃっかり採用しています。

「彼ら同胞慰問会は、地道な調査を続け、10月末までに殺害された朝鮮人の数を2613名と結論付けた」と199頁に記載。

吉野作造も、吉村も、朝鮮人の言うことをあまりにも信じすぎているのではないでしょうか。

震災で亡くなった朝鮮人も多いだろうし、10月末ならもはや遺体だって火葬されている。なぜに朝鮮人の同胞慰問会とやらが10月ごろにやってきて、正確な数字を把握しえるのか?ここまでくるともはや笑い話。

朝鮮人革命家の日本人大虐殺!越中島の糧秣廠に爆弾投下!

吉村は、軍が火薬庫に来襲に来た朝鮮人らを直接追い払った事件も紹介。民間人の報告などではなく、軍隊が直接朝鮮人らと対峙し、追い払い、唯一生き残っていた通信施設、海軍省の船橋送信所に伝えた事件です。

しかし、それさえ「大流言」というのです。つまり、吉村の頭の中では”実際に起こったことでも朝鮮人犯罪ならばすべて「なかったこと」にしよう”という考えなのです。

吉村は、この船橋送信所が危機感を覚え、全国各地の無線電信所に「朝鮮人暴徒。現状の我が兵力では対応できない。至急、救援を」と電報を打ったことにかなりお怒りなんです笑。

「わざわざ船橋送信所が独断で発した」と。緊急電なのだから、独断で発してもしかたがないです。しかし、吉村は、「余計なことをしやがって」と思ったのでしょうか。

195頁には、1923年11月ごろに昭和天皇(当時・皇太子)が結婚するので、その日取りを狙って爆弾テロ事件を計画したと朝鮮人テロリストの新聞記事が出てきます。

が、関東大震災が起こったので、急遽爆弾テロを9月に前倒したと。その爆弾で越中島(えっちゅうじま)に逃げてきた3000人の日本人を殺した。

越中島には糧秣廠(りょうまつしょう・陸軍の食料保管庫)があり、そこに爆弾を投下。大火災が発生。その朝鮮人犯人24人を捕らえ、自警団らが怒りに震え、首をはねて殺してしまった。

吉村は「このように流言を信じ込んだ自警団員等によって多くの朝鮮人が虐殺された」といいます。しかし、どこからどこまでが流言なのか、もうわからないんですね。

朝鮮人の爆弾投下が流言で、日本人らの私刑は事実??朝鮮人らの略奪・放火に関する新聞記事を多く引用し、最後はすべて根拠なく「流言」であるといいきります。

別に「流言」でもよいのですが、でたらめな記事ということですよね。しかし、そのでたらめな記事の中でも、日本人が朝鮮人を殺害したのは「事実」とする。もうわけがわからにゃいよ。

おわりに:朝鮮人も日本人も凶悪犯罪を繰り返す震災当時を振り返る

吉村昭氏著『関東大震災』(文春文庫)は、1977年初版。2004年に新装版として再発行。もうそれだけ売れに売れ、今でも売れ続けていることなんです。

関東大震災の朝鮮人「虐殺」におけるバイブルとして今でも、疑いなく本書が虐殺肯定説の根拠として引用され続けております。

実際に、H21年の内閣府HPで現在も公開されている専門調査会報告書では、吉村の著書に依拠しているのかと思えるほど。

しかし、この吉村の著書は完全に日本人悪者史観、罪悪史観に基づいて記載されている部分が大きい。これだけ人心があれて、略奪・強姦などがはびこっていた世相にあって、一つとして朝鮮人犯罪が起きていない。あまりにもおとぎ話の世界だ。

朝鮮人が軍隊や警察を襲撃し、戒厳令下であったため、朝鮮人らをその場で射殺。当たり前のことです。

当時の新聞報道でも、日本人・朝鮮人の犯罪報道はなされており、「日本人の犯罪は事実だが、朝鮮人犯罪は”流言”とみなす」という吉村の姿勢は疑問でしかありません。

2023年現在、震災100年を迎え、関東大震災における朝鮮人「虐殺」報道の焼き直しがされつつあります。H29年の国会質問主意書でも、やんわりと「否定説」に傾く政府の姿勢が出てきた。

昨今の、関東大震災の朝鮮人「虐殺」大宣伝は、そのような背景を見越してのカウンター的なものでしょう。私自身「なんで今さら”虐殺”報道に熱心なのかな」と思い、今回記事を執筆しました。

関東大震災朝鮮人「虐殺」のバイブルとなった吉村昭氏著『関東大震災』(文春文庫)の著書の矛盾点はまだまだ多いですが、今回ある程度網羅できたと思います。

保守派の方のみならず、ぜひ一度批判的に目を通していただければと思います。

最後に、吉村含め、戦後日本人の朝鮮人「性善説」&日本人「性悪説」の図式はいい加減、改めるべきときが来ているといえるでしょう(了)。

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