1999年、能登半島沖不審船事件。北朝鮮の不審船が、海保巡視船の臨検などを無視し、海自からも逃走した事件です。
不審船は麻薬密輸取引目的ではとささやかれましたが、注目すべきは、海自はなぜ不審船を取り逃がしたかという点です。
不審船は漁船ほどの大きさ。そんな船に対し、軍艦や軍事ヘリまで出動し取り逃がすのは考えられません。ここに日本の安保問題のすべてが存在するといえます。
自衛隊がなぜ取り逃がしたのか、今後も日本の海上防衛は機能しないままなのか。自衛隊の交戦規定はどうなっていたのか。その点にフォーカスしながら検証していきます。
自衛隊艦船は北朝鮮不審船に劣っていたのか?
自衛隊は武器や装備などハード面で武装漁船に劣っていたわけではありません。ですが、ソフト面で徹底的に劣っていました。ソフト面とは、装備の運用面での問題、具体的にいえば自衛隊に与えられている交戦規定、ROE(Rules of Engagement)です。
交戦規定とは「どんなときに武器使用し、どこまでやってよいのか」を作戦ごとに定めたもの。
憲法9条は交戦権を否定しており、日本では”部隊行動基準”といいかえております。この交戦規定が不明確であったことが北朝鮮の不審船を取り逃がした最大の要因です。
交戦規程(ROE)の不備が自衛隊を機能不全に
米軍が作成した憲法9条の原文では、交戦権はThe right of belligerency of the stateとされ、交戦国になる権利とか交戦国が国際法上有する種々の権利の総称となります。
内閣法制局も同様に理解しています。内閣法制局とは、憲法など法解釈を行う国の部署です。
日本は交戦国となる権利がない。相手国から戦端を開かれても、「交戦」しないことになります。黙って見過ごす(やられる)のが日本の選択肢。
日本政府は、憲法9条により自衛権は否認されていないと強弁しておりますが、交戦国となる種々の権利を放棄しているので、実際には戦いようがありません。
野球でもボクシングの試合でも、相手から試合を挑まれ、強引にリングにあげられたとします。しかし、こちらは競技のルール自体を否認しています。となると、どうやってその試合を戦えばよいのか。
交戦権を否認している国が有事に巻き込まれた場合、どのような対応をすればいいのか。日本政府を含め誰もわからない。日本の安保問題の致命的な弱点です。
作戦ごとに決められる交戦規定も不明確で、「交戦規定(ROE)は、軍隊保持を否定し、交戦権を否認している日本は持てないのではないか?」という意見が一般的です。
現場の自衛隊員はどうすればよいのでしょうか。日本政府を含め、誰も明確に答えられないのです。
交戦規程(ROE)とシビリアンコントロールの大切さ
シビリアンコントロール、軍隊を動かすルールを政治が決めること。もし軍隊に行き過ぎた武力行使をさせないための管理だとすれば、これ以上の武力闘争は望まない。軍事力行使への明確な限度(シーリング)ともいえます。
政策決定者(DM: Decision Maker)が提示した政治的目標を離れないよう、軍事力を政治的決定の範囲内に留めておくこととも。シビリアンコントロールの観点からも交戦規定は必要不可欠。
米軍は交戦規定(ROE)をかなり明確に定めております。末端の兵士1人ひとりにROEが記載されたポケットカードを支給し、徹底させています。
もちろん米軍は世界中に展開している世界最強の軍隊。他国と比べて練度が違うかもしれません。
しかし、軍隊であればROEは常識です。米軍は現場の最前線の部隊にまで法務官を送り込み、ROEを厳しくチェックし、かつ米国のROEは軍事裁判を有し、ROEの適用の可否を判断しております。
ROE違反は国際人道法違反につながる場合もあり、違反すれば戦争犯罪(War Crime)になります。
だからこそ厳しくチェックする。米国以外の諸外国も、交戦規定(ROE)や軍事裁判などの制度なくして武力紛争に突入することは絶対にありえません。
無防備状態でリングに上がらされる自衛隊員
戦争や武力紛争は、ルールにしたがって行われるものです。スポーツの試合もそうですが、”自分たちはその競技のルールを否認しております”となれば、そもそも試合に参加する資格がないでしょう。
軍事上の世界では国際人道法、人道法に基づく各国の交戦規定(ROE)があり、交戦規定なくして強引にリングに上げられてはどうしようもない。現在の自衛隊の状況です。
日本でも「シビリアンコントロールが重要」と言われますが、具体的な点(交戦規定など)は全く顧みられていません。
「政治家が大事だと思っておけば、それで充分ではないか」と幼稚な理解をしているのかもしれません。
交戦規程(ROE)不明瞭のまま放置し続けてきた政府の無責任
自衛隊が北朝鮮不審船をなぜ取り逃がしたのか。交戦規定が明確でなく、武装漁船を無抵抗状態に強制するだけの武器使用が行えなかったからです。
対潜哨戒機による警告爆撃は行えましたが、撃沈や危害射撃は行えませんでした。どこまで武器使用が認められているか不明確で、十分な対処ができなかった。
土壇場で、立ち入り検査を行うための部隊を作ったらしいですが、その法的根拠を指揮官自身よくわからない。
マンガの週刊誌を腹にまいて防弾チョッキ代わりにしたなどと、こんな状況で自衛隊を任務にあたらせていいのかと疑問に感じます。
指揮官の判断を責めるのはたやすいですが、その状況を放置してきた政治家の無責任、連帯責任を負う国民もまた無責任と言えるでしょう。
2018年火器管制レーダー照射事件でも海自は失敗を重ねる
能登半島沖不審船事件をきっかけに、2000年に部隊行動基準(ROEの言いかえ)の作成などに関する政令が制定されましたが、2018年火器管制レーダー照射事件を見ても自衛隊の対応は不自然です。
火器管制レーダー照射とは、ピストルの銃口を向けられているような状態であり、なぜ自衛隊は韓国軍の駆逐艦を撃沈しなかったのか。
国際法的に撃沈してもまったく問題はありません。もちろん交戦規定は国際法のみによって作られず、国内法とも検討しながら各国自らが決めております。
米国では部隊の作戦ごとに交戦規定(ROE)が作られ、そのROEを上級指揮官に申請・許可をもらい、下級指揮官に伝達する。その下級指揮官はまた必要に応じてROEを作成し、またそれを繰り返します。
ROEは作戦ごとに起草されるものなので、内容もROEごとに異なるのですが、
”現に我を攻撃している点目標の識別”や”武器の照準を向けられている場合”などに自衛措置を否定しているROEはまずありえません。
本来であれば、自衛隊の指揮官は「なぜ撃墜しなかったのか?」と、諸外国では軍事裁判において有罪となる可能性は高い。ですが、この事件で自衛隊の指揮官が処罰されたというニュースは聞こえてきません。
軍事裁判に関しては、日本国憲法第76条において特別裁判は禁止されているからありえない。そんな官僚の国会答弁が聞こえてきそうです。
であれば、交戦規定違反をした部隊指揮官を裁く法律がないことになる。戦前の日本でも「関東軍の暴走」という事件がありましたが、当時の司令官らはほとんど処罰されませんでした。
軍事裁判すらない現在の日本は、戦前よりもさらに悪化しております。
まとめ
憲法9条で交戦権を否認し、交戦規定(ROE)をきちんと定めていない。交戦規定の徹底こそ、シビリアンコントロールです。日本政府は完全にシビリアンコントロールに失敗しているといえます。
1999年能登半島沖不審船事件、2018年韓国海軍の火器管制レーダー照射事件、ひいては中国の尖閣諸島侵入問題など、すべて自衛隊の対応が後手にまわっております。
現場の隊員も「どのようなときに武器使用し、どこまで許されているのか」わからず、政府自身もよくわからない。
政府が軍隊をまったくコントロールしていないとも言えます。しかし、法律や政令は憲法に対し下位法規であり、交戦規定を設けることは交戦権を否認した憲法9条に抵触してしまう。
能登半島沖不審船事件のみならず、日本の海上防衛を確かなものとするためには、憲法9条の問題をクリアする必要があります。
米国のように、ROE違反=戦争犯罪となることも常に意識しておかねばならないのに、その違反を取り締まる軍事裁判もありません。
日本国憲法第76条は特別裁判所の設置を認めていないからです。もし戦争犯罪が起こった場合、国際社会に対し説明責任をどうはたすのでしょうか。
先の大戦の反省とも言えるシビリアンコントロールの徹底、それと直結する交戦規定が曖昧であること。原因の一つが、憲法9条を含む戦後体制の存在。
今後も日本の海上防衛は不安だらけです。自衛隊の対応も後手に回り続けるでしょう。
自衛隊の後手に回る対応の責任は、現場指揮官のみならず、政治家の無責任さや無能さにも原因があります。憲法9条の破棄を含め、日本の防衛体制の再興を一刻も早く図らねばなりません(了)。
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