戦艦大和の謎の反転??|栗田艦隊とレイテ沖海戦からみる敗戦の2つの理由

政治改革

日米戦争は無謀な戦いをした、特に分析することもなく結論ありきの議論が横行しているのが戦後日本の言論空間です。

一方で、欧米の学者の中には、日米戦はアメリカが日本に戦争以外の選択肢を残さなかったので、日本政府は合理的に戦争を選択しただけであるという意見もあります。

戦前の日本もそうですが、国家はそこまで冒険主義的に行動することはしません。極めて合理的で冷静に判断しております。

では敗戦の理由は?

狂信的な愚かしい戦争でないとしたら、その敗因はどこにあるのでしょうか?その点を考えないとしたら、それこそ愚かだと思います。

考えるヒントになるのは、レイテ沖海戦における戦艦大和”謎の反転”がその一つ。

実際に当時大和に乗船していた深井俊之助少佐(当時)が執筆された『戦艦「大和」反転の真相』(2018/宝島社新書)には、その反転の恐るべき真相が描かれております。

その著書を参照しながら、現在にも続く日本の行政・軍事組織の欠陥を2点あげてみたいと思います。

それらの点が改善されない限り、日本はあの戦争から何一つ学んでいないということになるのではないでしょうか。

レイテ沖海戦の謎の反転|栗田司令官の敵前逃亡

レイテ沖海戦の概要

レイテ沖海戦とは、日本が優秀な戦闘機もパイロットもすでに失い、完全にアメリカ側に制空権を取られてしまい勝ち目がなくなった戦争後期での作戦です。

日本海軍ではこれ以後まともな作戦立案も出来ず、日本海軍の最後の軍事作戦とも言われております。

作戦概要は、昭和19年10月日本海軍は戦艦「大和」「武蔵」を中心とした全戦力をもって、フィリピンのレイテ湾に上陸する米軍を叩くというもの。

具体的には、ハルゼー率いる米軍の主力空母含む機動部隊を、日本最強と言われた瑞鶴などの空母がおとり部隊としてレイテ湾より誘い出し、虎がいなくなったレイテ湾に「大和」らが突入するというものです。

米軍の輸送大部隊を戦艦の主砲で粉砕し、港を当分の間使用不可能にして米軍のフィリピン奪取作戦を遅らせるとともに、その上陸部隊をも叩くことで米軍に大損害を与えるという作戦でした。

実はこの作戦は奇跡的に途中まで「成功」はしたんです。

怪奇電報をでっち上げて敵前逃亡する栗田司令官

ハルゼーら米軍の機動部隊はまんまとおとりに誘い出され、戦艦大和がレイテ湾に突入する作戦がほぼうまく行きかけた。

しかし、栗田司令官はそこで”謎の反転”をし、戦後も生き残りました。

もちろんレイテ湾に突入すれば、そのまま大和とともにレイテで仕事を果たした後で、生還する可能性がほぼ無くなります。

燃料もそうですが、砲撃している間に足の速い米機動部隊が追い付いてきますから。そんなことは作戦に関わったものは百も承知であり、それが反転の理由とはならないのですが、、

栗田司令官は作戦参謀とグルになり、怪奇電報をでっち上げて、逃げ帰ってしまったのです。

これが謎の反転の理由であると深井氏は喝破しております。しかし、実際にこんなことが出来るのでしょうか!?その真偽を判断する前に、その点を考えてみなくてはいけません。

※怪奇電報でっちあげによる謎の反転に関しては、ぜひ深井氏の著書をお読みくださいませ。ここでは反転そのものに関しては語りません。深井氏の著書のリンクを下にUPしておきます!

敵前逃亡を可能にさせた帝国海軍の2つの欠陥

仮定(前提)の設定

その点を考慮するべく、一つの仮定(前提)を設定したいと思います。

例えば、私が会社からお金を盗み出すことは出来ると思います。

実際に社員として働いて、その金庫のロックの番号も盗み見る機会が何度もあるからです。帳簿をごまかしてお金を不正に引き出すことだって出来ます。

しかし、実際にそれをしないのは業務上横領罪となり、犯罪事件として裁かれるリスクがあるからです。

ちゃんと罪に問われるから、そのようなことをしないのです。読者の皆様もそうだと思います。

ですが、実はそのような前提が機能しない環境にあったのが、当時の日本海軍の組織的欠陥でした。

まったく機能していなかった軍法会議(1つ目の欠陥)

栗田司令官はレイテ以前の作戦でも敵前逃亡をしたと、軍法会議にかけられそうになったことがありました。

つまり”前科”もあり、栗田氏が司令官をすることは現場の指揮官らにとって大きな懸念材料となっておりました。

しかし、深井氏が「上には甘く下には厳しい帝国海軍の在り方」と酷評しているように、この時も栗田司令官は軍法会議で裁かれることがありませんでした。

すなわち、命令違反を厳正に処分し軍法会議で裁くという環境になかったことが分かります。

栗田司令官の人間性にも原因はあるでしょうが、これでは敵前逃亡をする誘惑に駆られてしまうでしょう。

敵前逃亡は銃殺刑のような重罪に問われるのが一般的ですが、軽微の罪にも問われず無罪放免となるのです。これでは現場がゆるみっぱなしになるのは当たり前です。

物資や技術(ハード面)の問題ではなく、行政上の人事システムも問題?

信賞必罰、機能する軍法会議の欠如が栗田の敵前逃亡を生み出したひとつの要因だと思います。

本作戦は、何も砲弾が足りなくなったから断念したわけではないのです。

砲弾は充分にあり、メカニックトラブルでもありません。

栗田司令官が敵前逃亡を決めたから作戦が失敗したのです。物資不足や技術不足は戦争中至る所で見られたと思いますが、本作戦の失敗はそれが原因ではないのです。

よく物量に勝る米軍に勝てるわけがなかったという話は聞きますが、物量の差など百も承知で作戦を立てています。

「あの会社には資本力で対抗しても勝てないから、技術力で勝負するんだ」という経営判断だってそうです。物量で劣るからもうダメだというわけでは全くない。

このレイテ沖海戦を見ても、戦争に敗戦した理由がもっと別にあるということが理解できるのではないでしょうか。

深井氏は、アメリカと違って日本は「能力のある人が上に立つような人事ではなかった」と実力主義の採用ではなく、年次や席次を優先する日本海軍の組織としての欠陥も挙げております。

これは技術や物資の問題ではなく、行政上の人事システムが敗因であるとする理由です。

上級交戦規定(ROE)の不明瞭さが作戦の失敗(2つ目の欠陥)

交戦規定(ROE)は作戦ごとに定められます。どこまで何をしていいのか、その点を明瞭にするのがROEを定める理由です。

まず政府や上級司令部(ex. 統合参謀本部)が本作戦のROEを決め、これが上級ROEとなります。

それを現場レベルに順々じゅんじゅんと繋げていき、各レベルで下級ROEが決められるのです。当然下級ROEはその1つ上のROEの枠外に出てよいものではなく、1つ上の司令部の裁可を得て認められます。

日本海軍のレイテ突入作戦は、このROEが明確ではなかったことが反転の理由となりました。

本作戦の現場での作戦参謀の大谷(戦後参議院議員となり、平成元年逝去)は、

当時にこにこ顔で「司令部の作戦参謀から、もし途中で敵の主力部隊を発見したら、叩きに行ってもよいという許可が出た」という趣旨の発言を船内でしていたそうです。

つまり、レイテに突入しなくてもよい口実が出来たということです。

途中で敵の主力部隊を発見したので、レイテに突入しませんでしたという言い訳が出来るということなんです。

もうその時点で本作戦の上級ROEが不明瞭であることが分かります。

関東軍の暴走も交戦規程(ROE)が曖昧であったことが元凶

必ず完遂すべき作戦命令がこの時点でもうぶれているのであり、上級ROEがそんな調子だから、現場にて定められる下級ROEも自分たちの好きなように定めることが出来る。

よく関東軍の暴走と言われますが、これも上級司令部の出す上級ROEが定まっていなかったからです。

だから、自分たちは作戦を自由に思い付きで実施できる。このような空気になってしまったのだと思います。

どっちつかずの命令を出しているのだから、「なにをどうしても罰には問えない」ような曖昧な状態が作られる。

「いやいや。自分たちは命令を守りましたよ。確かに○○という命令を受けていましたが、状況によっては××でもよいと言われていたので。だから僕たちは××にしたんです」と言えるわけです。

これが関東軍暴走と言われているものの正体でもあります。関東軍が悪いのではなく、上級司令部、ひいては日本政府がちゃんと命令を出していなかった、方針を打ち出していなかったのが元凶です。

まとめ:戦後日本は戦前よりさらに問題が深刻化

結論として、命令がいい加減なものだからこそ、現場の指揮官もちゃんと守らない。

軍法会議も機能しておらず、裁かれることはない。ゆえに、栗田司令官ら作戦参謀は自分たちの命を最優先にして、現場から逃走することしか考えなかったんです。

もし交戦規程(ROE)が徹底され、軍法会議も機能していたら歴史が変わっていた可能性はあるでしょう。この帝国海軍の組織的な2大欠陥は、そのまま敗戦の2つの理由ともなっています。

この2つはリンクしていて、ROEが不明瞭だからこそ軍法会議で言い訳が出来るという状況も生まれます。こんな状況で作戦が上手くいくわけがありません。

物資や技術というハード面ではなく、システム運用というソフト面でこそ劣っていたから負けたんです。なかなか目には見えにくいですが、先の大戦はソフト面で負けていた。

戦後日本は軍隊も持たず、ましてや交戦権も憲法上で認められていないため、ROEを定めることさえ憲法違反ではないかとなっています。

ROEは当時の帝国海軍よりも更に曖昧で不明瞭なものとなっています。憲法が特別裁判所を禁じているため、軍事裁判だってそもそもありません。

いまだに未解決どころか、状況は更に悪化しているのが現状です。これでは我々日本人はあの戦争からまったく何も学んでいないと言えるのではないでしょうか(結)。

※現在の自衛隊の交戦規程(ROE)等、自衛隊の運用に関しては以下の記事をご参照ください。

60秒で読める!この記事の要約!(お忙しい方はここだけ)

要約
  • 謎の反転は、作戦完遂よりも自分の命を優先した栗田司令官の偽計によるものであった
  • 上には甘く下には厳しいという帝国海軍の組織的欠陥は、軍法会議を機能不全にした(1つ目の理由)
  • 上級交戦規定(ROE)が不明瞭で、作戦における現場指揮官の作戦無視といも言える横暴や独走を止められなかった(2つ目の理由)
  • 日本が日米戦争に敗因した理由は、物資でも技術の差といったハード面のものではなく、軍事・行政システムといったソフト面で徹底的に敗北していたことに大きな理由がある
  • 現在の日本は、軍法会議といった特別裁判所も持たず、国の交戦権も否認(当然ROEも不明瞭なもの)しており、戦前よりも状況は更に悪化している

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