みなさんは横田空域をご存じでしょうか。
米軍が管理している日本の首都圏上空の空域を横田空域と呼びます。 最近では、羽田空港新ルートが話題に。横田空域の一部を通ります。
東京オリンピックを前に、羽田空港の運用率を上げたいという日本政府の要望があり、横田空域の一部を利用することになりました。 しかし、本来であれば、日本の領空。なぜ米軍が管理しているのか。
現状、民間航空機は、横田空域を飛行する際には、いちいち米軍に許可を取らなくてはいけません。 そのため民間航空機は横田空域を迂回します。一便ごとに米軍の許可をとるのは現実的でなく、また米軍に決定権があるからです。
「本日は米軍機の特別訓練がある。許可を取り消す」といわれても受け入れるしかありません。これでは横田空域をさけて通るしかないでしょう。
最高高度は約7000メートル。民間航空機は東京湾をわざわざ大回りして、飛行高度を高くし横田空域を飛び越さなくてはいけません。 余計な燃料代もかかり、羽田に離着陸する飛行機は常に東京湾で交通渋滞。そのぶん到着時間も遅くなり、燃料代は乗客の運賃に上乗せされます。
羽田空港から離陸後の急旋回・急上昇は、航空機の性能上厳しい飛行を強いられ、安全かつ効率的な運航の妨げともなっております。
最大の問題は、横田空域の航空管制を米軍が担う法的根拠が曖昧ということ。
航空法にも規定がなく、日米地位協定の運用上必要になる特別立法「航空法特例法」でもその規定はありません。
では、いったいどういう法的根拠で、このような管理をなぜ米軍に委ねているのでしょうか。 国会答弁や関連資料を参照しながら丁寧に解説します。
今さら聞けない!横田空域ってそもそもなに??
横田空域。正式には「横田進入管制空域(ヨコタ・レーダー・アプローチ・コントロール・エリア)」といい、横田ラプコンともいいます。
首都圏から関東・中部地方にかけて、東京・神奈川・埼玉・群馬のほぼ全域、栃木・新潟・長野・山梨・静岡の一部、福島のごく一部、合わせて1都9県にまたがり、南北最長約300キロ、東西最長約120キロの広い地域の上空をすっぽりと覆う巨大な空域です。
最高高度約7000メートルから、約5500、約4900、約4250、約3650、約2450メートルまで段階上に6段階の区分で立体的に設定され、まさに”巨大な空の壁”です。
【驚愕】実は、横田空域に公的な法的根拠は存在しない
横田空域に関し米軍が航空管制を行うのですが、その法的根拠は日米地位協定上にありません。
航空行政全般に関わる法律である航空法(52年制定)にも「米軍管制を認める」という記載が一切ありません。
航空法とは、航空機の安全な運航に関する規制。すなわち、最低安全高度の遵守、飛行禁止区域の遵守、夜間飛行の際の灯火業務などを指します。
米軍機を特別免除する「航空法特例法」にも米軍の航空管制の規定はありません。 ゆいいつ、地位協定の協議機関である『日米合同委員会』における合意しかありません。
航空管制…正式には航空交通管制といい、航空機の安全かつスムーズな運航のため離着陸順序、飛行ルート、高度など無線通信を使って指示し管理する業務。
日米合同委員会…日米地位協定第25条に記載のある、地位協定実施に係る協議機関。日本の高級官僚と在日米軍高級軍人からなる計13名の委員会。米軍の基地使用や訓練など軍事活動を行う上での特権を定めた地位協定の具体的な運用について協議する。
国交省も「単なる事実行為」に過ぎないと国会答弁
当然国会でも問題視されております。衆院/外務委員会議録第5号(H31年4月3日)で井上一徳議員が、 横田空域の法的根拠について政府に問いただしています。
この点に関し、国交省航空局交通管制部長の飯島氏は、
米軍が実施している管制業務は、日米地位協定に基づく航空交通管制合意(日米合同委員会の合意)に基づき行われているものである
と述べております。対して、井上議員は
もう一点確認させてください。昭和43年に(国会で)質問主意書が出され、それに対する政府答弁書の中で横田空域は『米軍が進入管制業務を事実行為として行うことを日米間で認めている区域に過ぎない。このような空域について必要があるときは、いつでもわが国は進入管制業務を行いうるものである』というふうになっていますけど、この考えは今も維持されているのでしょうか
と重ねて問います。
外務省北米局長の鈴木氏は、「その考え方につきましても、変わらないものと考えております」と回答。具体的に定められた権限(法的根拠)ではなく、事実行為に過ぎないという見解を表明。
米軍は占領後ずっと日本領空での航空管制を行ってきました。日本側が航空管制の能力を身につけるにしたがいい、日本側に徐々に管制業務を移管してしたのですが、
横田空域は横田基地の「周辺」だと強弁し管制を続けてきました。 横田基地とは、在日米軍基地のひとつです。もちろんそのような屁理屈は通りません。
つまり、今まで米軍がやってきたこと(事実行為)だから、今もなんとなく認めているという根拠しかないということです。
75年航空交通管制に関する日米合意が法的根拠!?
一方で、法的根拠があるという政府の国会答弁もあります。
衆院/予算委員会議録第12号(H31年2月22日)で穀田議員が、「 横田空域の航空管制業務を米軍に行わせている根拠は何か」と質問しております。
河野外相(当時)は、1975年5月の航空管制に係る日米合同委員会合意が、米軍がその航空管制業務など空域を管理していることの法的根拠である と回答しています。
この75年合意とはいったい何なのか。
横田空域の管理を米軍に委ねる密約の存在??
75年の航空交通管制に関する日米合意(75年合意)の第1項目には、
日本政府は、米国政府が地位協定に基づきその使用を認められている飛行場及びその周辺において引き続き管制業務を行うことを認める
と記されており、これが法的根拠であるらしいです。
穀田国会議員は、この一文で一都九県にも及ぶ横田空域の管制業務を米軍に行わせるのは疑問である。他にも非公表の米側との合意文書があるのではないかと言及します。
実は、総務省の情報公開・個人情報保護審査会が提出した2017年3月15日付の答申書には、
政府が米軍に横田空域の管制業務を行わせている根拠を記した、英文の日米両政府間の合意文書があるが、それは不開示とする という内容が記載されております。
不開示とすることに関し米軍と合意があり、それは「米軍航空機の行動に関する情報の不公開について」と題する、”秘・無期限扱いの覚書”(1975年4月30日付)であり、英文文書には日米合同委員会日本側議長とアメリカ側議長のサインもあります。
不公開とする関連文書には、”航空交通管制に関する合意”も含まれております。この議事録は日米双方の合意がない限り公表しないものとするとされ、
穀田議員はこの”密約”に基づいて横田空域の米軍管制を任せる法的根拠となる公文書を日本政府は公表しないのだと指摘します。
河野外相も認めた”密約”の存在
穀田議員の追求に対し、河野外相(当時)は、 「文書は外務省にございます」と、 最終的に文書の存在を認めました。その経過を具体的に説明しますと、
まず日米間で自分たちにとって公にされると不都合な議事録や決定事項などは非公開にする覚書を結び、 つぎに、横田空域という巨大な空域の管理を米軍に任せる法的文書を非公開にしました。
しかし、非公開とされる法的文書が、法的根拠となりうるのかという問題は残ります。
日米合同委員会は地位協定第25条にある通り、あくまでも「協議機関」であり決定機関ではありません。
穀田議員はこの件に関し、次のように述べています。
日本の主権に関する重要事項が、国会の関与もなく、日米合同委員会という密室で決められ、覚書まで交わし、秘密裏にルール化されている。米軍に異常な特権を与える地位協定の抜本的見直しは急務である
米軍の航空管制にしたがわなくても罰則はない!
吉田敏浩氏は、外務官僚が国会答弁で使用する裏マニュアル『日米地位協定の考え方』での以下の記述に注目しております。 (吉田敏浩氏著『「合同委員会」の研究:謎の権力構造の正体に迫る 』〔創元社〕参照)
米軍による管制は、厳密な航空法の解釈としては航空法上の意味がないので、わが国民はこれに従う法的義務はないものと考えられる。すなわち、航空法第150条11項の管制指示違反に対する罰則の適用はない というものです。
『日米地位協定の考え方』とは、外務省機密文書であったものを、琉球新報という沖縄の新聞社が独自に入手し公開したものです。もちろん外務省は激怒しました。
つまり、横田空域を日本の民間機が通ったとしても問題はないということ。何ら罰則は問われません。
ですが、横田空域で米軍管制に従わなければ、米軍機との衝突可能性があり危険なため、民間航空会社は自発的にその空域を避けています。ようするに、法的根拠はありません。
よって、横田空域なるものが実在する理由は次の2点であります。
①「危ない」ので民間機が自発的に横田空域を避けている。 ②占領後ずっと米軍が航空管制を行ってきた事実があるため、慣習的な事実行為として「一応」認めている。
『航空管制委任密約』により米軍は正式な権利として横田空域を支配
『日米地位協定の考え方』には、日米合同委員会決定は、いわば実施細則として、日米両政府を拘束するものと解されると記載もあります。吉田氏はこの点に関し、
日米合同委員会という密室で合意され、その正確な全容も公開されないのは異常であり、『日米地位協定の考え方』でも、合同委員会は、当然のことながら地位協定又は日本法令に抵触する合意を行うことは出来ないとある。また、航空法では認められていない米軍による航空管制を「事実上の問題」として委任する形で認めることは(日本の国内法たる)航空法に抵触するはずだ
と主張しております。
ところが、吉田氏が独自に入手した75年合意文書の非公開部分ではdelegateという英語が使われております。これは、権限などを委任するという意味の英単語です。
よって、米軍側は事実上の問題ではなく、正式な権利として横田空域の管制業務を行っていると予想されます。つまり、米軍側と日本政府では認識が違うということでしょうか。
『航空管制委任密約』としかいいようがないもの、吉田氏は主張しております(吉田敏浩氏著『「合同委員会」の研究:謎の権力構造の正体に迫る 』〔創元社〕参照)。
まとめ
横田空域とは、占領後も日本の首都圏上空を管理し続けたい米側の要求を、日米合同委員会という密室な協議機関で認めた。国内法に法的根拠はまったくない。
合同委員会で認めた合意も非公表にされてしまったため、国会議員ですら検証ができない。
もちろん国内法に法的根拠などなく、国会で追及されれば、米軍は横田空域を返還しなくてはいけなくなる。米軍の不利益となる。よって、存在そのものを隠した。日米両政府の圧倒的な力関係の差がうかがえます。
法律はもちろん、規則やルールは公開されるべきもの。ルールが分からないのであれば、誰も守れないからです。
実際、横田空域を民間機が横切っても問題はありません。法律もなく、当然罰則も存在しないからです。
罰則に関し、法的用語に罪刑法定主義の原則があります。法律により事前に犯罪として定められた行為のみが犯罪の成立を肯定できる、というものです。そして、罪刑法定主義の考え方の背後には、自由主義があります。
罰則が事前(行為の遂行前)に制定(公布・施行)されていることが要請されます。これは訴求処罰の禁止としても知られている考えです。
横田空域に関しては、その”公布”すらされていません。日本政府は横田空域の問題に関し、そもそも法的根拠となる文書を公開できないと主張しています。
法律とはみんなが守るために、第一条件としてその存在を一般に知られていなければ成り立たないものです。 ですから、非公表のものを法的根拠というのは到底無理があります。
もちろん日本政府や外務省も承知しております。 しかし、「米軍が撃墜してくる」可能性があり、「危ない」ので、勝手に民間機が迂回しているだけというのが実情。
一刻も早く横田空域は返還されなくてはいけません。横田空域を迂回するために、常に空域は交通渋滞。いつ羽田空港およびその上空で衝突事故が起きてもおかしくない状況なのです。非常に危険な状態は今でも続いております。
追記:2024年1月、羽田空港で衝突事故が起きてしましました。横田空域にも責任の一端はあるでしょう。返還交渉を今こそすべきではないでしょうか。
60秒で読める!この記事の要約!(お忙しい方はここだけ)
横田空域という”巨大な空の壁”があるため、民間航空機は東京湾を急旋回しながら高度を上げ、飛び越える危険な飛行を強いられている。いつ衝突事故が羽田空港および上空で起きてもおかしくはない。
燃料代は運賃に転嫁され、利用者にとっても非常に迷惑な話である。法的根拠は曖昧で、占領時より米軍が日本の航空管制を担ってきた(事実行為)から、今も認めているだけ。
「危ない」という理由だけで、日本の民間機が自発的に迂回しているだけ。
日米合同委員会の合意が法的文書であるとの国会答弁もあるが、法的文書は日米間で非公表とする密約を結んでいるため公開されていない。もちろん、このようなモノは法的文書とは認められない。
日米合同委員会は地位協定の単なる協議機関であり、その合意が航空法や航空特例法など国会の法律を飛び越えて米軍に権限を与えることは出来ない。
非公表のものは、法律として認められない。実際に横田空域の米軍の航空管制に従わなくても、民間航空機は罰則を受けない。が、衝突事故の危険があるために従わざるを得ないという現状。
一刻も早く、航空交通の安全性、羽田空港の利用率向上、乗客の運賃値下げのために横田空域は返還されなくてはいけない。
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